前回は、英語もわからず、誰にどう聞けばいいのかもわからないまま営業になり、物事がわかるようになるまで6年かかった話を書きました。今回は、ここでリーダーシップの話に戻ります。あの頃の私を、ニューヨークで雇ってくれた大鷹上司のことです。
その人は、当時ウォール街で伝説と呼ばれていた日本人トレーダーでした。アメリカ以外の株、つまり国際株式を扱うトレーダーで、日本、イギリス、ドイツ、オランダ、カナダの株が中心でしたが、南アフリカの金鉱株や、フィリピン、メキシコの株まで手がけていました。ドレクセル・バーナム・ランバート、ファースト・ボストン、リーマンなど、ウォール街の証券会社で腕を振るい、DLJの創業者に乞われて移ってきた方です。前回書いたとおり、私は日本での面接で、一度この方に不採用にされています。
理解のある上司でした。けれど、頼りになるマネージャーかというと、当時の私は「頼りない」と思っていました。困って相談に行っても、くれるのは答えではなかったからです。くれたのは、質問でした。
たとえば、私が売買のチケットを間違えて持っていったり、株数を間違えて渡してしまったりしたとき。東京のオフィスからは、間違いを知らせる電話がかかってきて、私はたくさん叱られました。けれど、ニューヨークの大鷹上司は叱りませんでした。お客様はどんな電話をかけてきたのか。お客様に確認したのか。復唱したのか。電話を置いたあと、何をしたのか。そのとき、何を考えていたのか。事実の質問を、一つ一つ聞いてくるのです。
不思議なことに、そう聞かれると、そのとき自分が何をして、何を考えていたのかが、驚くほどはっきり浮かんできます。話しているうちに、自分がどこで間違えたのかが、自分でわかります。どうすれば防げたのかも、おのずとわかってきます。そのうえで、東京から叱られるよりも先に、間違いに気づく自分になっていくことが大事だと学びます。稲盛さんでいうなら、「有意注意」です。
株のことがわからず、アナリストに何度も聞きに行って、しまいには相手にされなくなったときも、その後を引き受けてくれたのは、大鷹さんでした。ここでも、まず聞かれました。この株について、どこまで何を知っているのか。そのうえで、今回のニュースがどういうことなのかを説明してみろと聞かれました。それが、私が前から持っている知識と、どうつながって、株価はどう展開しうるのか。そして、アナリストには何を聞けばいいのか。私に足りない知識と、聞くべきことが、少しずつあぶり出されていきました。
今ならわかります。上司は元トレーダーですから、私が担当していた株式リサーチ営業の経験はありません。その仕事を一番よく知っているのは私です。だから一番いい答えも、私の中にあるはずだと、信じてくれていたのだと思います。あるいは、リサーチ営業のやり方を知らなかったからこそ、私に聞いたのかもしれません。
進め方はいつも同じでした。相談に行くと質問される。私が答えを考える。案を持っていって、「これでいいでしょうか」と聞く。すると、「それでいいと思うか」と聞き返される。私が「いいと思います」と答える。自信がなくても、実行してみる。自分で出した答えなので、うまくいかなくても責任は自分にあります。だから、いろいろ考え、勇気も必要だったし、目をつぶって実行したときもありました。
私が今、コーチングをもとにしたサーバントリーダーシップのスキルを次世代リーダーに教えているのは、この上司の下で働いた時期がなければ、なかったかもしれません。
【日本でのリーダーシップの期待】
日本で「リーダーシップ」と言われたら、答えを教えて、引っ張ってくれることを指す、と思う人がほとんどだと思います。部下はその答えを学び、次に使えるようになる、という形です。けれど、変化の速い今の仕事では、その人にしかない情報がたくさんあります。一番いい答えを持っているのは、その人自身です。ですから、その現場の前線にいるわけでない上司は、その人の情報を使って、リスクを取り除く質問をすることこそが価値を付加することになるわけです。
リーダーは、「これをやれ」と振りかざすのではなく、全体のビジョンを示す。そのビジョンに合っているなら、部下がやりたいことを一つずつ一緒に吟味して、いい方向なら「やってみよう」と背中を押す。それをアイデアにし、戦略にまで膨らませていく。そのための対話を、安心して話せる雰囲気の中でできるリーダーでないと、物事は柔軟に、素早く進みません。グーグルの調査でも、チームの成果を左右する一番の要素は「心理的安全性」だと報告されています。
私が教えているリーダーシップコースで、受講者の一人がこう話してくれました。独裁型や民主型は、場面に応じてできると思う。でも、サーバント型は、自分の器を大きくしなければできないと思う、と。その通りだと思います。サーバント型はとてもレベルの高いリーダーシップです。そして、器の大きいリーダーこそ、TPOによっていろいろなスタイルを取ることができます。
私がリーダーシップを考えるとき、一番の軸にしているのは、稲盛和夫さんです。2009年に盛和塾ニューヨークに入塾して、もう17年になります。今は盛心塾ニューヨークで、筆頭代表世話人を務めています。
塾長は、場面に応じて、いろいろなスタイルのリーダーシップを取る方でした。新しい事業を押し進めるときと、今ある事業の中で人を育てるときとでは、求められるリーダーシップは違います。そして、サーバント型のリーダーシップも、塾長は確かに発揮していました。
塾長が講話で話されていたのですが、たとえば、営業の人が営業から戻ってきて、「注文が取れませんでした」と報告したとき。塾長は、その結果を聞くだけで終わりませんでした。どんな話から始めたのか。お客様の表情はどうだったのか。どこでお客様が質問したのか。それに、どう答えたのか。最後に、どんな話をして別れたのか。事実を一つ一つ押さえて聞いていきました。そうして聞かれていくうちに、あのとき何をしなければならなかったのかを、営業の人自身が気づいていく。大鷹さんが私にしてくれたのと、同じ聞き方でした。
変化が速く、一人ひとりが持つ情報に価値がある今の時代に、とくに求められているのが、このサーバント型のリーダーシップです。だから、塾長の学びを軸にしながら、90年代のウォール街で出会った大鷹さんの経験も、ここに書いておきたいと思いました。
90年代の私は、頼りない上司だと思っていました。でも今は、大鷹さんは時代の先を読んでいたのだと思います。去年は、その大鷹さん夫婦と一緒に、10日間のクルーズに出かけました。
ここで質問です。
あなたの上司は、答えをくれる人ですか。それとも、あなたが答えを出すのを待ってくれる人ですか。